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ガイア・チャネリング


チャネラーとしての人生 
ペパー・ルイス

私は生後5ヶ月の時、アルゼンチンのブエノス・アイレスからアメリカに移りました。
私は両親が私をアメリカに連れてくる契約をしたんだと考えています。
生まれてからずっと泣いてばかりいたのに、アメリカ行きの飛行機に乗ったとたんに
泣かなくなったそうです。

カリフォルニア州ハリウッドで表面的には幸せに育ちましたが、内側では葛藤を抱え、
混乱していました。周囲で起きていることが理解できなかったのです。
人種差別、ベトナム戦争、そしてアフリカの飢餓。
テレビでは当時の悲惨な画面を映し出していました。
親に見たくない、と言うと、親はこれが現実の人生であり、今から学んでおくことが大切だ、
と言いました。
そして真実が隠されるのではなく、こうして画面に映し出される国に住めることは幸運だ、
とも言っていました。
私は「これが真実なら、ここにはいたくない。」と答えました。

自分と同じような年の飢えている子供や、負傷し死んでいく兵士の姿が頭から離れないのです。
人間の苦しみについて、理解できませんでしたし、今も理解できません。

子供として肉体的に強い刺激を受けると偏頭痛を起こし、暗い部屋で休むことがよくありました。
そんな時、静かに座っていると、光と天使が私を慰めにやってくるのです。
綺麗な絵を描いて、痛みを感じないようにしてくれました。
それが誰かは知りませんでしたが、信用して、自分の世界に招き入れました。
時には頭が痛いふりをして静かな部屋に行くこともしましたが、仮病の場合にはそういった存在は
決まってきてくれませんでした。

思春期までに頭痛はなくなりましたが、ひきこもりの傾向は続きました。
同い年の他の子との違いを感じ、学校にも順応できませんでした。
14歳の時、名前をペッパーに変えました。
この新しい名前は自分を個人として表現する自信を与えてくれたように思います。

私は読書が大好きで、今でも本をよく読みます。特に中世、ルネッサンス時代が大好きで、
その時代の本を読みながら自分がふわふわしたドレスをまとっているのを想像して、その本の
中に完全に入り込むこともよくありました。
私はいろいろなことを空想、想像することは行きたい所に移動するための見えないガソリンの
ようなものと考えていました。
当時はそんなことを意識したことはありませんでしたが、面白いことにこの考えは地球の錬金術の
基となっているものです。歴史時代への逃避はとても鮮明で詳細に渡るものになり、どちらが
現実なのか疑問にもつようになりました。
実際に経験していたので、複数の人生が同時に、平行に進んでいるという概念を理解していました。
その経験を母や友達に話そうとしましたが、夢だと言われてしまいました。

高校の時に古本屋で「神秘・超自然思想」のコーナーを見つけ、初めて自分の家にいるような
感覚を覚えました。やっと物事の意味が分かる!と思ったのです。
たくさんの本を買い込み、「セツ」チャネリングシリーズを全部読み、様々な現実があることを
教えられました。過去生やウォークイン、また輪廻転生やUFOについても読みました。
その本屋さんにはただ怖いものと、自己啓発のための本との両方が置いてありましたが、
直感的に何を選ぶべきか、何を避けるべきかを知っていました。ガイドが自分を導いてくれると
知っていたのです。私の両親はこういったことに懐疑的で、前向き思考なタイプではなかったので、
私にこういった本を読ませてくれたことにも驚きました。


大学ではジャーナリズムを専攻しました。
歴史の時間、教授が言っていることのほとんどが間違っていると知っていました。
限られたタイムトラベルの経験の中で見せられたものとは違うものだったからです。
歴史は改ざんされてきたものです。
歴史は不正確に記録され、別の形で思い出されることになっていることを知っていました。
そして教室から立ち去り戻ることはありませんでした。


18歳の時、前世療法を行なう人を紹介されました。
そこで自分の経験が現実なのか、周囲の人が言うように大げさに空想しているだけなのかを
確かめることにしました。
そこでいくつかの過去生を実際に目にすることになりました、
またセツのチャネリングセッションも受けました。
実際にそのチャネラーの人格が消えて、セツが現れた時、私の人生が変わりました。
セツと直接話せるまで何度もセッションを受け、その時大切だと思った多くのことを神経質に
質問していました。
そしてセツに「あなたは深い認識があるのに、何故そんなことを心配するのですか?」と聞かれ、
なんと答えて良いか分からなくなりました。
人と違うことで都合の悪いことになり、一生賢明、どんな形であれ、普通になろうと務めていたのです。
それも上手く行かず、これ以上良くならないだろうと思っていました。
セツは私には無視してはならない独自の才能があること、そしてそれを見つけるには頭の支配権を
越えることだと言って来ました。私はそんなことよりももっと重要な他の質問をしようとしましたが、
セツはそれをはねつけ、さらには私のことも取り合ってくれなくなってしまったのです。

自己探求に多くの時間を費やしましたが、それによって自分がカタブツになっていくのに気づきました。
全てに関してその意味や真髄を探求するなどすると、楽しむ時間が残らないのです。
22歳でデイブと出会い、25歳で結婚しました。
彼は楽しい人でした。私が持っていないものを全て持っていました。彼は自分のことも、私のことも
悪気なく笑い飛ばせる人でした。彼は私に笑うこと、楽しむことを教えてくれ、2人の子供が出来ました。

幾つかの職を経て、コンピューター分野で働き始めました。
少しの努力で多くの報酬を得られる分野で、両親に大学を卒業していなくても生活を
していけると言うことを見せ付けることが出来ました。
私は他の人のエネルギーに合わせて直感的にその人が何を求めているかが分かり、
その能力を利用しました。
物質的なこと、個人の資産を蓄えることに夢中になり、1980年代は楽しみながら忙しく
過ぎていきました。

スポーツカーを買い、高級ブランドの服や宝石を身につけ、毎日を過ごしていました。
ある日、運転をしていると、隣に止まった車の運転席にいた女性が自分とそっくりなことに気づきました。
髪型も似ているし、似たようなブランドの服を着て、同じ、流行の腕時計をしていました。
彼女と考え方も同じなのかな、と考えたのを覚えています。
自分が彼女のクローンのようにも感じました。
一人クローンがいるなら他にもいるはずではないのか?

こんなことがあってはならない、と誓い、自分の選択や優先事項を見直してみることにしました。
そして変えるべきことは変えようと思ったのです。

再度、スピリチュアルの道へ

私は堅物だと思っていた世界へ戻って行き、本当の自分に気づかせてくれる本を
読み直し始めました。周りを見渡すと、色んな物がため込まれて、家がとても
散らかっていることに気づきました。これが人生の今後を映し出すものだと感じました。
そして出来るだけ、シンプルな生活をするようにしました。
車を売り、宝石を片付け、瞑想する時間を持つようにしました。
すると以前のヴィジョンが戻ってきて、以前よりさらに鮮明に見えるようになりました。
ある日、ネイディブ・アメリカンのガイドが来ました。
彼は私がある小さいながらも影響力を持つある種族の酋長の息子だった時の人生を見せてくれました。

その時、その種族は思ったより早くきた冬のために移動する準備を整えていました。
時間がなく、何日もそこに残っていることが出来ません。
そんな状況の中、)父(酋長)と私(息子はどこに向かうかの意見が異なり、決断が
出せないでいました。父も私も非常に尊敬を集めていて、私は将来的に酋長の座を
継ぐことになっていましたが、このことでそれが疑問視されることになりました。
寒さはどんどん厳しくなり、私と父との関係も意見を違えたままさらに悪くなり、
お互いを傷つけはじめました。
村の人々はどちらに従うか選択されられることになりました。
この争いが種族、家族を二つに分け、不幸な人々はお互いに反対方向へと旅立ち、再び
出会うことはありませんでした。一方の人々は絶滅し、もう一方の人々もほとんどが死に絶えました。
進むことが出来ずに一人ひとりが倒れていく姿を見て、涙が流れました。
そして、何故、こんなビジョンを見なければならないのか聞きました。
彼は、それがその時の人生で私が出来た唯一の選択だったと優しく教えてくれました。
そして、この人生でも同じような選択を迫られることを教えてくれました。


ビジョンを見終わった後、街中を歩きながら私はこれが現実なのか、空想なのか考え始めました。
そして図々しくも、そのガイドに物理的な証拠を見せることを求めてみました。
通りの一角を歩く間に羽を作って見せて、と言って見ました。
するとすぐに羽が私の前に現われました。それでも満足できないでいると、もっと大きな、
色のついた羽が2枚、近くに現れました。
歩みを緩めて、もっと腰を低くすることにしました。
自分の失礼、猜疑心を謝り、どうやってこの疑う心を乗り越えればいいのか考えました。
通りを横切り、これからのことを考えようと影を見つけて入り、目を閉じました。
強い風が吹き、目を開けると吹き上げられた羽の嵐の中に自分がいました。
笑っていいのか、悲しむべきなのかわかりませんでした。
ガイドに挑戦したことは後悔しましたが、頼んだものを受け取ることが出来たのをうれしく思いました。
それからはスピリット、高次元の存在が私達とコミュニケーションを取る、サインやシンクロと
いったものを疑うことはありません。
物理的でない言語や認識が物理的証拠と同じものだと信頼することを学んだのです。


私は瞑想を続け、自分にとって上手く行くものとそうでないものがあることに気づきました。
自分の内なる存在は、忍耐力というものが確実に恩恵を与えてくれるものでることを示唆し、
そのうちに内なる声がささやき始めました。
瞑想を始めた当初はろうそくを灯したり音楽をかけたり、クリスタルを手に握ったりしていましたが、
そのうちにそれらのツールが無くても、同様の、または同等以上の状態を達成できると伝えられました。
私は最初、こういったものなしで行なうことに恐怖心を持ちましたが、ガイドは私に外部の経験よりも
内なる望みによって精神的な平安を持つことを学んで欲しかったのです。
今でもこういったものを使いますが、それらに依存することはしていません。

その後、ワークショップに参加したり古代文書を学んだりしてスピリチュアルな、感情的、また肉体的な
ブロックを解放することに時間を費やしました。
そのうちにゼラフィーナという天使とつながることになり自動書記でコミュニケーションを取り始めました。
この方法はつながるという経験が終っても物理的に残るものがあるからいいと思っています。

私の能力は急速に高まっていき、エネルギーを動かしたり、身体の一部を切り離したりすることが
出来るようになりました。また、特に瞑想状態にある、開かれた人のエネルギーが読めるように
なったことに気づきました

ところが、あるワークショップに参加したとき、そのイベントにまだ現われていない二人の参加者が
手をつないでいるのが分かりました。
瞑想を進めていくと、その二人の関係が性的なものであることに気づきました。
そしてそのことに困惑し、恥ずかしいと思いました。
スピリチュアルにその関係を覗き見をしてしまったのです。
私はすぐに自分のエネルギーを引っ込め、自分のエネルギーの扉をしっかり、固く閉じました。
家に着くまでには、もうこの能力、才能を使わないこと、これからは普通の生活をしていくことを
決めていました。

スピリチュアル関係の友達とは話さないことにしたものの、友人の一人がどうしても自分の身体が
エネルギー的にどうなっているのか見て欲しいと言って来ました。
私は彼女の健康に責任を持ち無くないので、他の人に頼んで、と頼みましたが、彼女のことも
心配だったので、自分の肉体的な現実とサトル認識の間に閉じた扉をひらくことにしました。
するとすぐに、意識が変化し、細胞、分子、原子の一つ一つが見え、それが彼女の身体全体に
どのように関わっているのかが分かり、次々と情報がでてきました。
そして自分のエネルギーの扉を閉めることになった出来事など、数ヶ月間溜まっていたことがどんどん出てきました。
驚いたことに、彼女は私がその日つながったエネルギーは彼女のものだったと教えてくれました。


魂の闇の夜

再度、スピリチュアルの扉を開いてからは、もっとこの才能を使い始めました。
ガイドや天使とつながるのを助けたり、チャネリングで情報を受け取ったりしました。
そういったことがとても簡単になったので、その能力を当然のものとして捉え始めました。
過去とつながって情報を取ったり、時には現在、未来ともつながったりました。
また他の次元や地球をサポートする存在やエネルギーの源を移動したりしました。
そして高慢で、思い上がるにようなってしまいました。
私の横柄さは無知へと導き、魂の闇の夜と呼ばれる所へ落ちていきました。
その時期、ガイドを呼んでもその存在を感じることはできませんでした。
力を使おうとしても使えません。
天使が自分の周りにいることが分かっても、彼らが私に気づいてくれない。
お互いに後ろを向いているような状態になりました。
頭痛、腹痛に苦しみ、神経質になりました。
身体は悪くないのにぞっとするような姿になりました。
時間が経過する中で自分の一つ一つを見直すようになりました。
自分自身が好きになれない、それを変える必要があることは分かっていましたが、
どうやっていいかわかりませんでした。


1994年1月16日、その日はとても奇妙な日でした。
季節はずれの暖かい日で、一日中、空気が動きませんでした。
私はロサンジェスル郊外に住んでいました。
犬のロッキーは一日中、車にはねられたかのように息を切らし、足を引きずり、うなっていました。
身体を調べましたが悪いところは見つからず、寝かしつけることにしました。
私自身も寝ることにしましたが、その夜、4時31分、人生を変えるような出来事が起こりました。

叫び声と地震の大きな音で目を覚ましました。
目の前に広がる光景は悪夢のようでその恐怖は説明のしようもありません。
立とうとしましたが、床に投げ飛ばされました。
夫が何か言っていますが、聞こえません。
彼は私をドアから裏庭に引っ張り出し、息子を連れてくると合図してきました。

濡れた芝生を這って行くと、膝から温かい血が流れてきました。
これは私自身が選んだ経験なんだ、と自分に言い聞かせましたが、恐怖でどうにもなりません。
夫と息子達が家から出てこないので、さらに恐怖を感じました。
みんなが出てくることが出来るように神に祈りましたが、揺れは止まりませんでした。

恐怖で死ぬ思いでした。
1月の寒さの中で、息が上がり、汗が止まりません。
そうするうちに、夫が3歳と7歳になる息子を抱えて出てきました。
揺れがおさまったので身体を寄せ合い、温めあいました。
何が起こったのか知りたがる息子達に出来るだけ落ち着いた声で、大地が腹痛を起こしたのよ、
ゲップしたの、と伝えました。
どうしてこんなに多くの人が住んでいる場所でゲップするの、という彼らに、地球だっていつも海や
砂漠に行くわけにもいかないのよ、と言いました。

それからの数週間はよく覚えていません。家は一部が壊れ、電気もガスも水もない
2週間が続きました。余震も続き、最初と同じような大きさの揺れまでありました。


段々と恐れが薄れていくと、今度は自分が神や天に対して怒りを覚えていることに気づきました。
天使、大天使、そしてガイドや地球に対してもです。
何故地震が来ることに気づかなかったのか、何故誰も教えてくれなかったのか?
この経験の意味は何だろうか?
無条件の愛を誓う天使やガイドはどこにいるのか?
長いこと歩き回り、考えをまとめようとしました。
私のガイドを無視しようとしましたが、彼らは離れようとしませんでした。
そして全ての物事の完全性を信頼するようにいい続けてくるのです。
彼らは私についてきて、私の機嫌の悪さや悪態を気に留めていないようでした。

どこにいっても小枝が私の上や近くに落ちてきます。
羽がどこからともなく表れ、木の下を歩くとその実が落ちてきます。
鳥も私に向かって鳴いているように聞こえます。
神に感謝する気持ちを持とうとしましたが、頑張っても半分も気持ちがのりません。
しばらく経ってからですが、自然が私に話しかけていることに気づきました。
小枝が私に話しかけ、大きな石も小さな石も、私と周波数を合わせ、同じ方向に
進んでいるようでした。木は自分の過去を伝えてきます。
色々な場所を歩き回ることにしましたが、どこにいっても、出会うもの全てが何かを放しかけてくるのです。


母なる地球

ある日、椅子に腰掛けてリラックスしていると、自然のある要素が新しいエネルギーを
受け取りたいか、と聞いてきました。よく考えずに「そうね、まあ、なんでもいいけど。」と答えました。
次の瞬間は私の人生で最も意味深い瞬間の一つで、そこから人生が変わったのです。

興奮と吐き気が過ぎると、母なる地球の声が聞こえました。
彼女は思いやりを持って、優しく私が経験したことは大変なことだが必要なことであったと
伝えてきました。彼女は地球という世界が人類と再度つながろうとしていると言ってきたのです。


彼女は静かに天使や高次元の存在が人類と知恵を分かち合っているのを見守っていたが、
今、地球が一つの意識体として認識されるべき時が来た、と言い、木や岩や動物との
コミュニケーションは楽しくなかったかどうか聞いてきました。
私がうなずくと、この時代にあった、この地域にあった情報とつながりたいかどうかとも聞いてきました。
私がうなずくと、また話しましょう、といって消えていきました。
その日はつかれきって、地震の後、一番よく寝れた夜になりました。


地球と言う大きなエネルギーに慣れ、自動書記によって簡単につながれるようになりました。
メッセージは時に地球のある一面から発せられたり、地球上に存在する個々の世界から
発せられたりしましたが、ほとんどはこの地球の意識体であるガイアからのものでした。
ガイアとは古代ギリシャで地球の女神に対して使われていた名前です。
メッセージをさらに明確に、矛盾なく受け取るようになると、それを書いて雑誌などに
載せるようになりました。ガイアは私がガイアとして講演したり本を出したりすると言ってきましたが、
私は信じませんでした。まだ何も知らなかったのです。

ガイアのエネルギーに慣れてきた頃、ガイアから変化への準備をするように言われました。
また地震が来るのかと思いましたが、それは個人的な人生の課題を意味していました。
15年続いていた結婚生活が終わりに近づいていました。
私達は正反対であり、それがお互いをひきつけていました。少なくとも一定の期間は。
諦めることは難しく、解放することはさらに嫌なことでした。

私はまたスピリチュアルな道によって自分の道を踏み外したと感じました。
夫はスピリチュアルな視点から世界を把握することはしませんでしたし、私がそういったことに
興味を持つことも理解できませんでした。彼を私の世界に呼ぼうとしても無駄であり、私も
彼の世界には入れませんでした。既に歩き始めた道を無視することは出来ませんでした。
公平な結婚生活を保てなくなった時、嫌な側面が顔を出し、最悪な状態になりました。
このことで自分自身、そしてこういった状況にある人間の性についてよく学ぶことが出来ましたが
二度と学びなおしたくありません。



私は意識の中でチャネリングを行ないます。ガイアはほとんど私の身体を使うことはなく、
また私は彼女が何を話すのかもわからないままはじめることになります。
ガイアとつながるには平和で快適な状態へと意識を切り替えますが、何を言うかを
認識しようとしません。完全に任せるという過程、そのものです。

天使とつながると肩や頭上に彼らの存在を感じることがあります。
ガイアは全くことなり、ガイアのエネルギーが地球から上がってくるのを感じます。

人前でチャネリングするようになってから、ガイアからコードレスのマイクをつけるように言われました。
それからフルボディ・チャネリングが始まりました。
私と一緒にガイアが私の身体を通して動くのです。
ガイアが歩くと、私の足が動きますが、歩いているという感覚がないのです。
私の身体はガイア波動の電磁導線となり、ガイアに反応して動くのです。
ガイアを感じると人々はため息をつき、ガイアが触れると涙を流す人も多くいます。
ガイアは私の目を通じて光を放つこともあります。

ガイアは動く、ユーモラスな存在です。
直接的な、人の心に直接届く言葉を使います。
ガイアのエネルギーは人が地球に対して抱く感覚と同様、若く、古い、強く本質的で柔らかく、
無邪気で原始的、そして純粋であり荒々しくもあるものです。
独特の言葉使いをしますが、それそのものがガイアなのです。
ガイアのエネルギーでは一人ひとりが独自の違う経験を得ますが、それがガイアの
意図するところなのです。

ガイアのチャネリングを行なう以外にもチャネリング、超能力開発、次元間ヒーリング、
地球錬金術を教えています。ガイアとは心でつながっていますが、他の存在ともつながります。
広く、固い基礎から自分自身の真実を認識することが大切だと思うからです。
自分自身が誰なのか、何であるのかを見つけるのに長い間を費やしました。
最終的に自分が人と違うと言うよりはユニークだということに気づきました。
誰もがそうです。
ガイアと私のパートナーシップにより多くの人の集合意識を目覚めさせ、また拡大させることが
出来ると信じています。

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