English/ 英語


About Us

チャネリング
公開チャネリング
個人セッション

チャネリング情報
クライオン
ロバート・シャピーロ
アンマ
ガイア
クツミ

トッド・オボカイティス博士
ロバート・コクソン

エネルギー・ワーク
EMFバランシングテクニック

イベント
イベント・セミナー日程
スピリチュア・ツアー
 
プロダクト
ヒーリング音楽
ソウル・ペインティング
タキオン

 [リンク]
 [お問合せ]

 [Home]


ガイア・チャネリング

未来とは過去以上のものですか?
2004年2月


皆さんこんにちは。ガイア意識として、地球、テラとしてあなたを迎えます。
あなたが個人でもっている名前があなたのことを固定するものではなく、あなたを出来るだけ表現し、
定型化しようとしたものにすぎないように、ガイアやテラと言う名が私自身を本当の意味で
表わしているのではありません。
私はあなた同様に肉体をもつ存在ですが、あなたは肉体ではありません。
私にはあなたが密度の高い光を運ぶ車と見えています。
あなたも私をそのようなものとして捉えてください。
緻密な光とは物理的、肉体的な光、ライトボディとも呼ばれます。
ライトボディとは様々な形でその密度を表現しますが、
その一つが肉体と呼ばれているものです。
あなたとあなたが座っている椅子との違いとは、あなたには魂があることです。
椅子は緻密な光の原子から出来ていますが、それは光を運ぶ車ではなく、その椅子には魂がありません。
あなたの魂はその光の車とあなたの身体を形成させている緻密な原子とをあなたの光を人生と呼ばれる
多くの次元的な経験へと移動させ、その人生の中で表現させるために与えています。

定型化された光であるあなたは旅行者であり、人間としての肉体における経験がその旅を
短くすることはありません。
この地球という高密度の肉体も乗物であるという役割を軽減することはありません。
地球は太陽の磁気引力によって太陽系を移動しているため、その(私の)意識と
他の天体やその魂の次元を超えた部分と語り合い、分かち合うことが出来るのです。
こういった自我の表現とは目的を持ち、また活気のあるものです。それが人生であり、
それが生命を保っているのです。

地球には過去、今である現在、そして未来があります。あなたにも同じことが言えます。
あなた方は過去も現在も未来も全て「今」という瞬間を構成するもので、多くの観点から見てそれを
分割することが出来ないという理解を受け入れています。
一方、人間と近隣の生物が異なる存在であることは確かなようです。
この次元を超えた経験は認定を受けるための経験とも呼べるものです。
直線的、水平形式の時間の枠を経験することも予選のようなものです。
しかし時間とは、ある瞬間や経験が次のものに対して、またはそれ以前のものに対し
て積み重ねられた時に直線的にも垂直にもなりうるのです。
これを図式にして考えてみると、現在という瞬間はどこになるのでしょうか?
過去はどこでしょうか?
この垂直な図式の中で過去は現在よりも低い位置になるのか、
それとも高い位置になるのでしょうか?
現在の瞬間は過去と未来の中心に位置するのか、それともそれは最新を示すものだから、
頂上に位置するのでしょうか?
分かりますか、私達はここでもうジレンマを抱えることになります。
古い概念の枠組みに新しい視点を取り入れようとすると、経験に基づいた現実の中で
ジレンマを作り出すことになるのです。

この一見シンプルに思える公式に全ての次元は「今」の表現であるという考えを追加して、
過去、現在、未来という理論の時代は終了したと捉えてみましょう。
もちろん、どの瞬間もが平等で同じ空間を保っているものではないことを考慮しなければいけません。
この考えに基づくと、この現在の瞬間のあなたという存在はグラフの中でどの位置になりますか?
この問題を意味の無いものとして片付ける前に、この考えがあなたという自己認識だけでなく、
あなたの経験や目的に満ちた旅を創造する方法であると考えてみてください。
全ての経験は本当に同じなのでしょうか?瞬間、瞬間が独自性を持つ、ユニークなものなのか、
それとも同じ瞬間が様々な表現をするだけなのでしょうか?

過去、現在、そして未来は独自性を保つ、統合された認識の個々の点であり、それによって直線的、
また連続的な時間として創造的な自由意志を現実化させるという意識的な表現を行なっています。

自分が現在を生きているのか、過去に生きているのかを知るにはどうすればいいのでしょうか?
自分には未来を作り出す能力があることがどうやったら分かるのでしょうか?
この人生、または過去生の中で喜びのなかった経験を想像、または思い出すことが出来れば、
それは現在の中で過去を再創造していることになります。
何故でしょうか?現在とは純粋な可能性が拡大したもの、そして未来とは
あり得る可能性ですが、過去とは経験した可能性の、既に耕された畑だからです。
もし現在、あなたが過去を再創造しているのであれば、自分の創造的な能力を自分自身や
現在の瞬間に対して完全に与えることが出来ていないということです。
もし今、この瞬間を創造的で意味深いものであると考えられないのであれば、過去に生き、
さらに過去を再創造していることになります。
それが先ほど言った、全ての瞬間は平等ではない、ことの意味です。

あなたは、「あれは素晴らしい時代だった。何故それを再創造してはいけないのですか?」
と聞くかもしれません。または、それは過去と似たような時間ということであって、過去と同じ
時間を過ごそうとしているわけではない、と言うかもしれません。
でも、あなたは人生と呼ばれる大きな、偉大な経験を進めるために、光と同じ、または
それ以上の速さで移動している光の車であることを忘れないで下さい。
過去に魅了されると言うことはこの現在の豊かさ、そして未来の可能性を創造する機会を
失うことになります。それがどれほど輝いて見えても、過去の経験という密度の高い層を
剥いでいくのはどんどん難しくなっていきます。未来はそれでもあなたを呼び続けますが、
その状態が続けば、それは深い井戸の底からかすかに聞こえてくる残響に過ぎなくなります。
もし未来を認識できないのであれば、現在も繰り返しの現実を届けるのに時間が
かかるようになります。経験がありますか?

毎朝起きて、夜ベッドに入って寝るだけの生活で未来に期待することなど何も無い、
そんな現実をなんとか持ちこたえているだけだ、という人もいます。
もしそれが本当なら、あなたは光の速度では移動していない、加速していない状態にあるといえます。
あなたは現在、光の乗物に乗って存在、移動しています。
そしてあなたはその光の乗物に合わせる必要があります。そうすることによって、その乗物に
3次元的な密度が重くのしかからないようにする必要があるのです。
時間、スピード、そして光が減速した時、分子はより速く蓄積されることになります。
それが癒着、統合されるにつれ、蓄積された分子とあなたの存在を構成している自由意志を
もった量子との間の空間が少なくなります。空間、スペースが時間そのものと、ユニークであれ、
平凡であれ、その時間というものを経験する能力を作り出しています。
人間の肉体は頑丈であってもデリケートなものです。今・現在の中で面倒をみてあげて、光と同じ、
またはそれ以上の速度(相対的な意味)で移動できる未来を作り出すサポートをする必要があります。
自由意志を表現できなくなった量子はフリーラジカルな状態を表現することになる、つ
まり、肉体的な健康とスピリチュアルな健康とはつながっていて、同じものだと言えるのです。
分かりますか?

自分自身が光の乗りものに乗っていることを認識した時にのみ、光の速度で動くということが
可能になります。光の速度とは太陽を通して人に届きます。
光はあなたの周囲、どこにでも存在します。それらの光は食べ物、飲み物と一緒に摂取され、
また皮膚からも吸収されます。
光は身体の中、そして身体の周りにその流れの経路を作り出し、それが地球のレイライン
(磁場の高い場所を結ぶ直線)によって最大限に拡大されます。
このユニークな電磁場の組合せがその人個人の波動を上げる力を持つのです。
フェロモンのように、他の質の高い波動をそれ自体へと引き寄せます。それが自由意志や希望などの
他の波動的要素を組み合わされると、自動的にではなく、創造的に現実化を行なうための
サポートをしてくれるのです。


本当に光の速度で移動しているのであれば、過去に生きることはしたくないはずです。
光のスピードは自分自身の未来を創造するのをサポートしてくれる独特な力だとも言えます。
直線的な過去は常に直線的な現実や未来よりも密度の高い、重いものですが、
それぞれの経験に基づく垂直な、多次元的な過去については同じことが言えるとは限りません。
あなたは光を保ち、発信する能力を高めれば、今に存在し、創造的な未来へと向かって
動いていくことは保証されています。


未来はあなたに手招きしています。あなたの創造力に磨きをかけるためにそこにあるのです。
様々な次元を通して自分の創造性を拡大させる認知するためにあります。
聖書でも同じようなことが書かれています。しかし自分自身の価値を今、現在よりも
低く認識した時には与えられた機会が光の見えにくい裏庭へと遠のいてしまうので、
その反対もまた真実であると言えます。このような状況では選択肢が少なくなり、表現の
創造的な資源も無くなっていきます。結果として自分のはまった落とし穴に気づくことになりますが、
その時には、その影の場所から抜け出し、光へと戻る方法をさらに創造しなければならなくなるのです。

その光の密度が高くなり、重くなればなるほどあなたは人間的になり、外部の物事、資源、
人々に依存するようになります。重い人間性は地球とも理想的な関係を保つことは出来ません。
それ自体が他に対して平等でないと認識する全ての存在は、全体に対して依存するという
現実を作り出します。
社会保険のシステムはこのスピリチュアルな法則の明確に示す例となっています。
光の速度よりも遅く移動することで、人は人間の世界でのバランスにおいてだけでなく、動物、
鉱物、植物の世界にも共同依存の状態を作り出します。
現在のところ、これが地球上の資源供給が不足し、人類全体が十分に満たされることが
できないただ一つの理由です。

高密度に関しては何冊も本が書けるほど興味深い問題です。
この時期、肉体をもって生きている人の多くが、光よりも高密度、重さを認識することを選択して、
現在や未来よりも過去の心配事に働きかけていることを物理的に肯定しています。
世界的にみても、人類は密度を高めつつあります。
人間の構造は以前よりも密度が濃くなり、多くの人が肥満に苦しんでいます。
逆に、動物界は今や密度が軽減されてきていて、牛を食肉処理する前に太らせるのがどんどん
難しくなっているため、太らせるための新しい方法が開発・実施されているほどです。
でもそういった施策が今、メディアで毎日のように取り上げられ、非難を浴びています。

人類の一部の人々が地球の資源を必要以上に消費する一方で、自分達を消費しながら、
餓死していく人達もいます。これは資源に見合わない人口数について認識するものでもありますが、
ここに興味深い事実があります。餓死状態の肉体は肥満の肉体よりも重い、密度が
高いことがあります。何故でしょうか?
体重が重い乗物とは密度の高い物理的な光の中にその欲望を保っていることを示していますが、
餓えている乗物は物理的にも、精神的にも、何も求めていません。
それは光の乗物としての権利を放棄しているということです。詳しくは説明しませんが、
これが自ら課した経験であれ、文化的・社会的に課された事であれ、この条件に
当てはまる人には同じことが言えます。

あなたは過去を再生する運命なのでしょうか?それは場合によりけりです。
自分自身を光として認識するのか、密度として、もっと肉体として認識するかによります。
言い換えれば、あなたが自分自身を3次元的な認識を通して、それを超えて移動する密集した
光として表現される全ての物、資源を持つ存在として自分を認識するのか、またはただの人間として
認識するかによるということです。
もし今現在のあなたの密度が過去生を再度経験し、その異なる観点からその経験を
調整できるのであれば、そうしてください。これを低い選択と考えないで下さい。
この現在の人生の中で行う選択によってその過去生の決断を今現在経験する必要があるため、
時にこの選択は最善の、最高の選択となりうるのです。とは言うものの、過去と現在を経験する
能力とは現在と未来から受け取る才能と同じく、簡単なものではありません。

未来を作り出す方法

数千年も地球上に存在している興味深い、小さな動物がいます。
オウムガイと名付けられた熱帯のインド洋、太平洋の深海に分布する頭足動物です。
そのもとの形はらせんと同じようなもので、特定の周波数によって整列します。
数字的に完成された素晴らしい構造で、まずその生命をその身体の中心で初め、
そこから成長していくのです。
オウムガイが自分の中心にいるのに飽きたら、成長し始めます。
その大きさを拡大させる為に成長するのです。
大きさを拡大させながら、自分自身をもう一度、新しい視点で探求し始めます。
新しい視点によって自分自身の姿を見ることができるようになるのです。
自分自身の映像として光がその外面、またその内側に反射されることで気づきを得て、
その小さなオウムガイは自己を認識するのです。

自分自身への気付き、認識を深めることによって特別な動作をしたいとか、大きくなりたい、
形やデザインを変えたい、知識を開発したい、そして成長、進化したいなどの、
さらなる望みを持つようになります。
最終的にオウムガイはその望みのままにすると環境の中で自分自身を攻撃されやすい対象に
してしまったことに気づきます。直感的に古代のサバイバルテクニックを思い出し、また、
家と乗物としての両方の役割を果たす防衛機能をもつ環境を作り出します。
聖なる意識はその人生の全てを完全に費やした小さなオウムガイを通して新しい
部屋をつくりながら成長し、前の部屋を閉じて終らせます。

オウムガイは何故その前にいた部屋を開けっ放しにしないで閉じてしまうのでしょうか?
より大きな家のほうに価値があるのではないでしょうか?
その小さなオウムガイも自然はいつでも自分自身に後退する機会を与えるものだと知っていて、
そうなった時には望む、新しい部屋を再度建直し、聖なる意思のサポートを得るのは
さらに困難になります。
前いた場所は快適な場所なので、そこに後退しようとする傾向、性質は常にあります。
出入りしやすい、通りやすい場所を見つけると言う傾向はよく見られます。
しかし非常に賢い存在であるオウムガイは自分の性質を認識した上で、また神聖な意思の
反応としてその乗物を作るのです。人生を理解しながら、過去を密封し、そして未来を迎えるのです。
面白いことに、その以前の部屋にほんの小さな、小さな穴を残して、過去をのぞけるようにしています。
自分がどこにいたかを見ることが出来、思い出すことが出来る、そしてこれからどこに行くかを
選ぶことも出来るのです。


自分の中に存在するらせん状の星雲が組み合わされた幾何学的な完全性に人生を
同期化させながらオウムガイは拡大への道を歩んでいきます。
もしオウムガイの貝殻を見る機会があったら、その柄の美しさに驚くことになります。
でもその美しさは苦労を表現しているものではないのです。
その美しさからは一度だけでなく、何度も慣れ親しんできた自分自身を閉ざして次に進む
オウムガイの勇気を垣間見ることは出来ません。
今度機会があったら、この古代の、小さなオウムガイを別の視点で見てみてください。

オウムガイの意識はシンプルですが、賢いものです。休む必要がある時は休みますが、
自分の欲望に基づく本能として常に前進したいという衝動を持ち合わせているので、
常に進むことになります。
オウムガイは快適すぎて進化したくなくなるので、一つの部屋に留まることはしません。
自分で自分にその快適ゾーンから抜け出してその過程の中の未来を作り出すことを強いるのです。
この現在という形式のなかで新しく経験することがなくなると、成長したいという衝動を覚えるのです。
オウムガイは模範的な生命の種として多くの生命を繰り返しています。
かれらは進化に価値をおいて決断をすることを決め、これからもしていくということでしょうか?


人類と言う種を永続させていく為には、その進化的な安全地帯を越えて進んでいく必要があります。
今の進化の物語を結論付けて、その章を終らせ、次に進むのです。
その次の章(未来)は全く新しいものとしてしか、はじめることが出来ません。
その新しい章自体がオリジナルのものと提供できないのであれば、それは過去の経験への
扉が完全には閉じていないということです。
過去に魅了され、依存する気持ちがある限り、あなたの後ろにある扉は簡単には閉まりません。
過去や現在を「継続」する気持ちがある限り、その二つが表面化するのです。
どんなに好きな本でも、最終的にはそれを閉じて次の本を読み始めるはずです。

ほとんどの人が過去に生きています。3分の2以上の人が過去の経験、失敗、また過去生からの
ガイダンスに依存していますが、それらはあなたが招かない限り、あなたの将来には
存在しえないものなのです。
あなたが今どこにいるか知っていますか?あなたは身体の中にいるのですか?
あなたは光の乗物に乗っているのですか?
あなたは過去、現在、未来のどこにいるのですか?
あなたが自分自身の奥深くにある意識、そしてあなたが行っている選択との直接的な関係を
認識しているのに、自分の過去よりもっと創造的な現実を創りだすこと出来るとは
考えられないのですか?
自分の過去にない未来を創造することができますか?
何故、今と言う瞬間が前の瞬間が終ったところから始まらないのでしょうか?
何故、こんなにたくさんの存在がこんなにたくさんの現実で生きているのでしょうか?
もしこんなに多くの現実があるなら、過去や現在、そして未来もたくさんあるのではないでしょうか?
彼らは同じ目標に到達しなかったということでしょうか?
こんなに多くの種類の存在がこんなに多くの現実の中で生きていられるのは?
これには多くのユニークな回答が待っています。でも時間が連続的であるとか、直線的であるという
確固とした証拠が無いので答えを特定することは出来ません。

どうやって、今、現在にいながら、同時に未来を創造できるのでしょうか?
今日、誰、また何になるかを選択し、後ろにあるものでなく、自分の前にあるものが開いていくと言う
目的を招き入れることによって、それが出来るのです。
他のものでなく、自分の光を選んでください。自分のために誰かが選んでおいてくれたようなものではなく、
自分の目的を選んでください。
流行しているものではなく、自分自身の精神性の形式を選んでください。
あなたにその姿を見せる、最も創造性のある現実を選んでください。
そこに機会があり、探求する必要があるということだからです。

ガソリンで走る車より、あなたの光の車を加速してください。
石油は過去に属するものだからです。
もし、光の速度と同化して移動していないのであれば、それを妨げているものが
何かを確認してください。過去の改訂版でなく、未来を顕現したいのであれば、今に存在してください。

オウムガイは新しい部屋、未来を創り出しても、過去には絶対にもどらない、
自分が来た道を知ろうとも思わない、などとは言いません。
かれらは振り返りたいと思った時のために、過去の部屋を覗くことが出来るように
非常に小さな穴を開けて起きます。
でもオウムガイが本当に過去の部屋に戻ることを求めているということではなく、また実際に
以前よりも身体が大きくなっているので、過去の部屋に戻ることは出来ません。
しかし、成長することによって快適さを求める気持ちが無くなる訳ではありません。
オウムガイも、衣食住という、肉体的安楽を与えてくれるものを捜し求めているのです。
人類も安全地帯という形で快適さを求めていますが、それは埃だらけの屋根裏と同じで、
これも過去に属するものです。
ほとんどの人は過去をもう一度経験したいと思っているわけではないのに、過去を求めるのです。
その出来事を認識し、記憶する為にそれを何度も再生する必要はありません。
それを過去ではなく未来に置けばいいだけです。
記憶には過去が必要ですが、創造性は未来の可能性の中で育ちます。

オウムガイは何故部屋を次から次へと創りだし、それを成長、進化と呼ぶのでしょうか?
彼らは瞬間、瞬間を、それ以前の瞬間よりも大きなものとして経験するために
それを繰り返すのです。
それを行なう為には、次の瞬間、次の部屋についてある程度の畏怖の念、未知に対する畏敬の念を
もってとらえる必要があります。そうでなければ目的がなくなり、進化がとまることになります。
これを行なう能力の不足が人間の最も大きな落とし穴であり、進化を妨げてきました。
人類は自分自身を力のあるものとしてではなく、小さい存在として捉え、自分自身を比較し、
裁き、責めているのです。

それをするたびに、再度過去に意識を集中させることになり、未来はさらに遠のき、不鮮明になります。
過去と未来を対照とさせることは創造的なヴィジュアライゼーションを行なう空間をほとんど残さず、
輝かしい未来をそうでないものに、退屈な未来の可能性をさらに強めることになります。
創造性を発揮しない限り、人間は自分自身の密度以外、期待することは出来ないのです。
どんどん年をとり、もはやその肉体的な乗物は真実の進化が求める光の速度を維持することが
出来なくなります。
影の中にいながらも、オウムガイは自分自身の中と外にある光をただ捜し求めるのです。

あなたもオウムガイのような選択をしてみませんか?その瞬間の光を選び、光の速度によって経験、
時間を加速させ、量子的な成長、進化を行なうのです。
それによって、周りの多くの人々のように時間の逆戻りをするということがなくなります。
もうそれには気づいていましたね。
彼らが過去に生きていて、あなたが一日進むたびに一日後ろにさがっていくように見えませんでしたか?
それなのにカレンダーは毎日進んで行き、数が多くなるたびに新しい年になるのはどうしてでしょうか? 
その人々は無意識のうちにカレンダーの中に捕らわれ、自分達が仕掛けた罠に陥ってしまったのです。

そういった人を見かけますか?彼らは自分を加速させるのではなく、その場所に留まらせるような
言葉を使います。彼らは、何故みんなそんなに急いでいるのだろうか?急いでどうなる? 
重くなるって、そんなに問題なのだろうか?
もし過去へと後戻りするのであれば、その過程の観察者ではなく、参加者となるため
、もう過去見ることが出来なくなります。
現実に参加するということはさらに3次元に自分自身を固定すると言うことですから、観察することより
密度が高く、重くなることになります。
幻想の霧の向こうでこの瞬間も未来が織られています。
それを見つけるためには自分自身がその創造主であることを認識する必要があります。
未来の中に入っていくのでも、未来があなたに降りかかってくるわけでもありません。
この信念は過去に生きていない限り、または現在の過去からのファックスとしてしか続きません。
興味深いのは、あなたは過去を現在へと引きずってくることは出来ますが、
未来ではそれを再創造しなければならないということです。
なぜかというと、未来は過去よりももっと軽い、密度の薄いものだからです。
まず過去・現在の原子的、分子的な中身を分解し、未来の中で意識的にもう一度組み立てる
必要があります。もう一つ、面白い変則があります。
それは過去や現在の中で無意識になることはできても、無意識のうちに未来は作れない
ということです。何故でしょうか?
それは無意識に創造するのであればそれは過去・現在とほぼ同じものをつくることになるからです。


この話は過去についてと未来についての期待に関するあなたの信念を変えるためことを目的にしています。
あなたが未来を満たすことを妨げているのは、幻想というヴェールだけなのです。
その幻想を解いてみると、ずっとそこにあったのに見つけることが出来なかった新しい日が現われます。
過去とはあなたがそれを運んでいるから存在するのであり、今・現在とはあなたがそこに属する、
そこにいるべきだと考えているから存在し、未来とは単にそれを選ぶ人のために存在するものです。

物理的な進化はある1種の生き物としての成長を可能にしますが、スピリチュアルな進化とは
あなたの兄弟を有名にすることです。見た目や過去の参加状態に関わりなく全ての存在に
全ての選択が与えられています。
この時期、誰がより進化している、より気付きが深い、よりスピリチュアルである、より知識がある
、というような意見は持たないほうがいいでしょう。自分のために選択し、
でも他の人にもスペースを残してください。
つまり、扉を閉めずに、つながりを保つべきなのです。

それが直線的な言葉では描写、理解できないにしても、自分自身を次元間的な現在に置いてください。
あなたがそうさせるのであれば、光の言語はその過程の道案内となるはずです。
全ての瞬間が「現在」の瞬間ではありますが、他の瞬間よりももっと創造的でオリジナルなものもあります。
時間に対する疑問に答えるとすれば、あなた自身が物事を過去、現在、未来にしているのです。
Home